注記;各項目最後の括弧内の日付は、自分がそのことをメモした日である。
着物ショー 日本ではただの主婦もスーパーモデル
現地の日本人会が中心になってロシア人向けに着物ショーが開催された。
知り合いの日本人寮生もモデルとして出演するので見に行く。ロシア人の目は美しい日本の着物と日本への憧れでモデルに釘付けである。(2013.2.3.)
着物ショー

寒さもゆるみスズメも かしましくなりにけり
マイナス7℃と少し寒さがゆるんだので、外ではいつもになくスズメがチュンチュンとやかましく鳴いている。(2013.2.15.)
僕の自炊夕飯メニュー
・うどん好き ・えび天&ポテトサラダ ・とろろうどん ・焼き肉 ・豆腐&えびの味噌汁
・鮭のサラダ油付けの刺身風&マカロニサラダ ・鶏肉炊き込みご飯 ・かつ丼
・スメタナシチュー ・チャーハン ・鳥の唐揚げ ・焼きそば ・カレー ・とんかつ
・豚肉の甘酢炒め(好きな酢豚風だったのでス―パで買ってきたもの)・冷凍韓国餃子
・豚肉と野菜の甘酢ケチャップ煮込み ・豚汁 ・マーボ豆腐 ・すき焼き ・きのこの炊き込みご飯
・マーボ丼 ・豚カツ&天ぷら ・ナマコの炒め物(市場内の朝鮮人が経営する食糧品店で買ったもの)
・ニシンの甘酢付け ・散らし寿司 ・天ぷら ・ハンバーグ (2.15.~2013.4.3.の主なメニュー)
寮の自炊室

マイナス20℃の極寒の冬を乗り越え 折り返し地点に立つ
この3月1日でウラジオに来て、丁度5ヶ月になる。マイナス20℃が毎日続くと、さすがに少しいろいろ不便で嫌になることがある。
しかし、一度経験してみたかった寒さである。毎日の天気予報をテレビでみていると、ここウラジオがマイナス20℃の時は、シベリア内陸部にあるハバロフスクではマイナス30℃、ノボシビルスクではマイナス40℃である。
ノボシビルスクは11年前に訪問した都市で、その時は5月で良い気候であった。シベリア内陸部は大陸性気候で夏と冬の温度差が著しい。(2013.3.1.)
シベリア抑留
甥からの携帯メールで、僕の叔父さん(母親の弟)が敗戦後、ウラジオ近くで一年半抑留されていたことを初めて知った。2000年に82歳で亡くなった母親の法事が実家であり、その時息子の一人である僕がいないので、親類の間で「堅三どうしてる」という話になったのである。
「今、ロシア極東ウラジオにある大学でロシア語を勉強している」
と甥が答えると、その叔父さんが
「俺はその近くに一年半抑留されていて、石炭を掘っていた」
という。
僕も叔父さんが兵隊として旧満州にいたことは知っていた。しかし一年半抑留されていたことはまったく知らなかった。早速折り返しの携帯メールでその抑留されていた場所の名前を聞いてくれるよう甥に依頼した。近くだったら訪問したかったからである。
わかったことはライチハという炭鉱町だったということである。この時僕はまだ自分のパソコンを持っていなかった。そこでロシア人に聞けばすぐわかるだろうと思い、翌日すぐロシア語の授業の時に先生に尋ねてみた。しかし、知らないという。
寮監にもパソコンで調べてもらったが、ライチハという炭鉱町で終戦後日本人抑留者が働いていた町は見つからなかった。大学の博物館の人にも聞いてみた。するとそこの年配の女性職員の人が言うには、子供の頃、ライチハという場所で採れた石炭で暖をとったという。
しかし、それでも日本人捕虜が抑留されている町はわからなかった。仕方がないので日本総領事館に聞いたところ、調べてくれてライチハは旧称で、現在はライチヒンスクという名前になっているという。また日本在住で、僕がロシア語を習っていたロシア人の先生もインターネットで調べてくれて現在の名前がわかった。
ライチヒンスクはシベリア鉄道の途中にある大きな町であるが、かなり遠いので訪問することはあきらめた。帰国してからインターネットで調べてみると、この町は日本兵の抑留場所としてはかなり有名な場所で、そこでの体験記なども沢山発行されていた。
まったく勉強不足である。一般的に戦争に行った日本人は、家族も含めて周りの人にほとんど戦争体験をしゃべらない。それはこの戦争が正義の戦争ではなく侵略戦争であったこと、連合軍に負けて沢山の戦友が死んで、惨めで悲惨な体験をしたので思いだすのも嫌だからであろう。
帰国して、この叔父さんの家を久しぶりに訪問して少しだけ話を聞くことができた。90歳を過ぎて少し歩行が困難であるが、頭はまったく正常で記憶もしっかりしていた。(2012.3.1.)
酒・たばこ厳禁の大学寮
部屋でたばこを吸うのは厳禁というのは、防災上からも理解できるが、酒が全くダメというのは日本人の常識からすると全く理解できない。
寮母が、目を光らせている。悪質な場合は寮を追い出される。
テレビでの酒、たばこの宣伝も禁止されている。しかし、スーパーではこの酒、たばこが溢れているところにロシア社会のアル中問題の深刻さがうかがえる。(2013.3.2.)
ポエジー編 #10 に続く

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