火縄銃展示会
(於:名古屋市博物館)2020年8月2日
名古屋市博物館 火縄銃展
名古屋市博物館で火縄銃の展示会が開かれていたので見てきた。この博物館は外国の有名な展示会の全国巡回もあるので面白い。以前、古代エジプトやアンデス文明、ルーブル美術館展などの展示会も開かれた。また主に名古屋の歴史を紹介している常設展も充実している。
博物館正面玄関
今回の展示品は個人の方が寄付したものである。金持ちの方が博物館に寄付されると我々庶民も見られるのでありがたい。
展示室入口に簡単な説明がある。
これらが江戸時代の主な火縄銃の種類である。
火縄銃を改造した短筒。素人が見ても、どれだけ実用的だったか大いに疑問である。
これは芥砲(かいほう)と呼ばれる隠し短銃。竜馬がもっていた西洋式ピストルと比べるとまるでオモチャである。幕末における欧米と日本の技術レベルに格段の差がある。
西洋式銃
幕末と同じ時期に欧米で使われたピストルや銃を知りたいと思い、まず坂本竜馬が持っていたとされる拳銃をインターネットで調べてみた。これらはアメリカの西部劇などに出てくる実用的な拳銃である。
西洋式ピストル① スミス&ウェッソンⅡ型32口径
龍馬が高杉晋作から貰ったピストルと同型の実物。6連発式で全長は27cm。龍馬が持っていたピストルは、寺田屋で伏見奉行所に襲われた時に捨てたため現存していないという。
西洋式ピストル②(模型) スミス&ウェッソンⅠ型 22口径
寺田屋事件の際の負傷を癒すため鹿児島へ保養に行った竜馬とお龍がそれぞれ持ち、「鳥を撃って面白かった」と手紙に書いている銃である。実際に持っていたのはⅠ1/2型で、長さは同じ17センチだが銃身が太い。暗殺された時も持っていたと思われるが、取り出す間もなかったと思われるという。
ネットで調べた幕末の戦争で使用された輸入品の西洋式エンフィード銃の写真。火縄銃に比べ格段に扱いやすく性能が良い。博物館の常設展では当時の実物が展示されていた。これらの銃が使用された戊辰戦争では徳川御三家の尾張藩も新政府側についている。
年表:火縄銃から西洋式銃へ
科学技術史年表(コンサイス科学年表、湯浅光朝編著、三省堂、1988年)から日本の火縄銃と西洋式銃の格差が生まれた歴史的経過を拾ってみた。火縄銃が日本に伝えられた戦国時代当時は、日本と西洋の技術格差はほとんどなかった。その後、日本は鎖国政策をとる中、西洋では産業革命が進行していく。こうして日本と西洋の大きな技術格差が生まれていった。技術レベルの評価のポイントは鉄の大量生産、ネジ・バネの製作とその標準化、旋盤などによる機械加工技術及び、火薬の進歩である.
・1543年 ポルタガル船が種子島に漂着、鉄砲伝来.
・1607年 幕府、国友及び堺の鉄砲鍛冶に大砲をつくらせる.以後9年にわたり大砲数百門を作らせる.
・1614年 大阪冬の陣に大砲が用いられる.
・1614年 独のザクセンで機関砲(機関銃の大型品)が作られる.
・1640年 この頃、仏に燧石(スイセキ、火打石のこと)銃が現れる。取り扱いが不便な火縄銃にとってかわる.
・1691年 英でソケット式銃剣装置(バヨネット bayonet)発明。従来のマスケット銃(前装式の肩にあてて構え発射する)の銃口部に銃剣のソケット部をかぶせて装着する.
・1713年 ダービー1世[英]コークス製鉄法に成功.
・1713年 マリッツ[スイス]新型の砲身用中ぐり盤を発明.
・1775年 ウイルキンソン[英]蒸気機関用シリンダーの中ぐり機を製作.
・1784年 コート[英]パッドル(撹拌)法の工業化で製鉄技術が進歩.
・1788年 ベルトレ[仏]塩素酸カリの爆発力を利用した爆薬をつくる.
・1797年 モーズレー[英]送り台付き金属加工用旋盤開発(近代的工作機械の初め)
・1798年 ホイットニー[米]小銃の互換式生産に着手(政府と15000丁の契約)
・1807年 フォーサイス[英]撃針雷管銃(鋼鉄ピンの打撃による雷管で発射)開発.
・1814年 カルステン[独]鋼鉄中の炭素の影響を研究.
・1818年 ホイットニー[米]世界最初の横フライス盤開発.部品の互換式大量生産が可能となる.
・1825年 ホイットワース[英]世界最初の「定盤」を作り、幾何学的平面製作法を完成.
・1825年 クレメント[英]平削盤の製作.
・1835年 ホイットワース[英]自動ねじ切り旋盤(特許)
・1835年 コルト[米]連発拳銃(特許)
・1836年 ドライゼ[独]最初の後装式ライフル銃.
・1841年 ホイットワース[英]標準ネジ方式提唱.
・1842年 高島秋帆[日]西洋式砲術教授を許される.
・1843年 吉雄常三[日]雷管銃の改良研究中に雷汞⦅化学式 Hg(CNO)2⦆の爆発で死亡.
・1845年 [日]浦賀に新砲台を築く.
・1845年 フィッチ[米]銃器製作用の横型タレット旋盤開発.
・1845年 シェーンバイン[独]綿塩硝火薬発明.
・1847年 ソブレーロ[伊]ニトログリセリン火薬の発明.
・1850年 [日]佐賀藩、銑鉄を溶かして高品質の鉄を作るため反射炉(内部がドーム状の天井で炎や熱が反射して千数百度の高温にすることができる)の築造開始. 三年後完成.
・1850年 ホイットワース[英]精密工作用の測定器開発.
・1852年 島津斉彬、自ら綿塩硝火薬をつくる.
・1853年 ベッセマー[英]旋回式弾丸を発明.
・1853年 コルト[米]ハートフォードに兵器工場を建設(互換性大量生産)・
・1855年 ベッセマー[英]転炉(Converter、炭素や不純物が多く、もろい銑鉄を炉に空気や酸素を吹き込んで鋼に転換する)製鋼法の最初の特許.
・1855年 アダムス[英]自動拳銃の発明.
・1858年 [英]英国海軍が後装式ライフル銃を改良したアームストロング大砲を採用する.これによって装填時間は従来の数分の1から1/10になった.また軽量でもあった.
・1860年 ベッセマー[英]可動式転炉の特許
・1860年 スペンサー[米]最初の成功した連発ライフル銃.
・1861年 ガットリング[米]機関銃の先駆・ガットリング銃開発.
・1861年 [独]クルップ工場、最初の大砲専門工場を建設.
・1862年 [独]クルップ工場がロンドン万国博覧会に18000ポンド(約8トン)の鋳鋼砲を出品.
・1863年 [日本]幕府、関口大砲製作所を設立(後の東京砲兵工廠)
・1864年 セラース[米]標準ねじ方式.
・1864年 ジーメンス[独]、マルタン[仏]が平炉製鋼法(転炉と並ぶ二大製鋼法でジーメンス・マルタン法とも言う.左右対称に蓄熱室がある一種の反射炉で低く平らなので“平炉”と呼ばれた)開発.
・1864年 ノーベル[スウエ―デン]火薬原料であるニトログリセリン製造会社を設立.
・1867年 ヴェッテルリ[スイス]連発ライフル銃開発.
・1868年 [英]英国政府、軍用火薬の組織的研究を行うために爆薬委員会を組織する.
・1868年 [日本]明治元年
以上
(2021年8月1日記)
コメント